響きは音符でもなく、周波数でもなく、
地形でもなく、粒子でもない。
世界のなかにあるものではなく、世界の外にあるものでもない。
響きは炎のように生まれ、水のように流れ、
虹のように空中に消える。
それは幻のようにとらえがたく、夢のように境界がさだかでなく、
陰のように、覗きこんでも何も見えない。
生まれた音を手でつまむことはできない。
だが、手がなければ音は生まれない。
すべてはここからはじまる。
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耳を悦ばせる音は、くりかえし求められる。
だが、消え去った音は二度ともどらない。
反復は、幻想にすぎない。
流れる水がおなじ水でなく、別な水でもないように、
まったくおなじものとも言えず、異なるものとも言えない音が
つぎつぎに立ち上がる。
その幻への執着に支えられて、音楽がある。
虚ろなものをとどめようとして、
ひとは音にかたちをあたえる。
そのかたちは仮のものにすぎないが、
それがなければ、仮のもの、虚ろなものとしてであれ、
音について考えることさえできないだろう。
高橋悠治著「音楽の反方法論序説」より
Eerily Beautiful Abandoned Places | Lake Reschen, Graun, Italy | Beginning in 1940, Italian electric company Montecatini built a dam to unify the area’s two lakes—Reschensee and Mittersee. As a byproduct of the dam, local villages were entirely submerged. In Graun, this 14th-century church bell tower is the only reminder that the village ever existed.





